野村哲学道  「野村のたわごと。」の入り口

2003年の野村哲学堂


 デビュー20年、14年ぶりの The Good-bye One Night LIVE 来てくれたみんなに感謝です。
 来たかったのに、来れなかったみんなにもありがとう。
 本当はこんなにみんながザ・グッバイを待っていてくれるなんて思わなかったのが、本音だったかな。
 活動休止して13年。
 もちろん僕も色々な事があったし、身の回りのさまざまな事が変化した様に、グッバイを好きだった、応援してくれていたみんなも色々あったんじゃないかなぁ〜?
 メンバー4人もそれぞれの生き方を見つけてるし、このまま活動休止でうやむやにしちゃう事も出来たのかもしれないんだけど、ネットであちこちうろうろしてると、待っててくれる人達を無視できずに今回のライブ、急な話しだったけど、グッバイ、デビュー20年だし、やっちゃえ〜!!な勢いだったかな。
 もちろん、決めて良かったと思うし、とてもいいライブだったなぁ〜。
 ただ、リハーサルの時は気心知れたメンバーと、いいライブを作る為に集中出来てたんだけど、いざ本番になって、ステージに上がったら、僕の立つべき場所に10代、20代の、とにかくがんばっていた野村義男が居たんだよね。
 もちろんあの頃の僕に音楽やギターで今の野村義男が負けるハズないじゃん。って思ったとたんに、勝てない自分にも気付いて、一生懸命に戦ったんだけど、やっぱり負けちゃてたね。
 オープニングはきつかったなぁ〜。
 アコースティック、セクションでは、こてんぱに、ぼろぼろされてました。
 何かね、初めて若い頃の自分を認めた瞬間だったみたい。
 早くこのステージ降りたいって思ってたかも。
 初めのほうは相当に状況判断も出来ないまま、とにかく自分と戦ってたの。
 きっとね半ば過ぎて今の野村義男になっていった感じかな?
 でもね、それからが、第2ラウンドの始まりで、ちょっとあの頃よりいいフレーズ弾いちゃおうかなぁ〜。なんて、自分にけしかけてみたんだけど、グッバイのギターフレーズから逃げられない事、逃げられない事。改めていいこと演ってたんだぁ〜。って気付いた感じだったかな。
 例えば、技術や、機材が向上したところで、自分にかなわない自分を体験できた本当にいい意味で”初心忘るべからず”ライブでした。
 なんでみんながグッバイを好きでいてくれて、10数年も待っていてくれていたのかが、やっとわかってきた感じかな。
 たくさん待たせてごめんなさい。
 わがままな僕らに付き合ってくれてて、ありがとう。
 僕ね、本当はさ、解散してちゃんと区切りをつけたいってず〜っと思ってたんだけど、グッバイを続けているのはメンバー4人じゃなくて、聞いてくれてる人、求めてくれてる人、ず〜と好きでいてくれてる人達って判っちゃったんだよね〜。
 解散なんてさせません。
 あの頃の野村義男と戦います。
 負けたく無いしね。
 楽しんじゃお〜っかなぁ〜(笑)
 もちろん!みんな一緒によ。
 よろしくね。
 じゃぁまた、ライブで。
 さぁ〜、がんばらなきゃなぁ〜。
 若造に笑われたくないもんねぇ〜(笑)

2003年11月22日

 がぁ〜ん! My スズ虫 is Died.(悲)

2003年11月19日

 今、我が家には秋の風物詩(?)のスズ虫が5匹います。
来たばかりの頃は鳴かなかったんだけど、少しづつ鳴くようになってきて、今ではすごく得意そうにガンガン素敵な唄を聞かせてくれていますです。
 でもね、たいてい毎日鳴き始めるのが、明け方で、そのまま昼過ぎまで鳴いて、なんか夕方頃のさ「あぁ〜この時間位に鳴いてくれると”納涼”な感じなのになぁ〜」ってゆう時間に鳴いてくれないんだけど、そんなものなのかなぁ〜?誰かスズ虫を飼ってる人がいたら『我が家のスズ虫の生態』ってのを教えて下さいなまし。
 でね、今日見た夢なんだけど、家でスズ虫を放し飼いしてて、その映像のBGMでt.A.T.u.が流れてて、ふと気付くとスズ虫がt.A.T.u.唄ってて・・・・・なんじゃこりゃ〜!?と思ったら目が覚めて、家には誰も居なくて、玄関ではスズ虫がガンガン鳴いてて、リビングに行くと、リビングのCDデッキの中にt.A.T.uのCDが入ってて、なんかすべての夢の正体が判ったら、なんだかこの夢を忘れられなくなっちゃったから、なんとな〜く「たわごと」してます。
 だからここまで読んでくれたあなた!なんとな〜く噂を広めておいて。『野村義男はt.A.T.u.を歌えるスズ虫を飼ってるらしい・・・・・』って。
 あぁ〜、どっかに「ラジオ体操のピアノが弾ける猫」とか、「峰富士子の声が出せる九官鳥」とか居ないかなぁ〜。欲しいなぁ〜。
 じゃぁ、だんだん夜も涼しくなってきました。風邪などひかない様に。また。

2003年9月16日

 長年通ってるお好み焼き屋さんに今夜もふらっと行ってきたんだけど、いつもと変わらない店内には遅い時間の割に少し繁盛していて、店内はみんな顔なじみだし、すぅ〜っと輪の中に入っていったのね。
 少し時間がたった頃、その中の年輩のお客さんが「昭和の時代は良かった」なんて話しを始めたんだけど、いつもならそんな話に入っていかない僕も、なかなかどうして、引き込まれる様に参加してるじゃあ〜りませんか。
 考えさせられる話もあれば、大声で笑ったりもしたのね。そういえば、平成になって14年しか経ってないのに、こんなに昭和の時代を懐かしんで話せる様になったんだなぁ〜。って思ったら、自分も昭和に生まれて、育って、もっとも多感な時期を昭和に過ごして・・・とか、考えてたら、『昭和』って響きや言葉が凄くかっこいいものになってきたの。
 よく、テレビや雑誌で”激動の昭和を・・・”とか特集を組んでる事があるじゃないですか。あれにはなんで僕自身の反応が鈍いのかな?と思えば、僕らの過ごした時代の前の昭和をクローズアップしてる事が多いからだぁ〜。みたいに思って、僕の知ってるここ20年位前の昭和を思い出してみたら、自分にとってどれだけ刺激があったかとか、無駄や遠回り、はたまた凄く実になる事、やり直したい事、色々と蘇ってくるもんなんですなぁ〜。
 そして、今日の自分を改めてみてみると、そんなに間違ってきてないかもなぁ〜。なんて、少し、また少し、自分の事を好きになってあげれました。
 ここまで読んでくれたあなたの20年位は今の自分を好きになってあっげれる昭和でしたか?どんな事をしていましたか?中には「昭和はまだ生まれてませ〜ん」なんて人も要るんだろうなぁ〜。
 本当に今日はなんとなく思った事を書いてしまった、ちょっと『昭和』が好きになった僕のたわごとでした。
 でも、それを思い出させてくれたお好み焼き屋さんは、16〜7年前とまったく何も変わらないで、今夜も営業中〜。それにしても、大声で笑ったのも、久々だったかも。うぅ〜、もっと笑える毎日を過ごせる様になろ〜っと!みんなは大声で笑ってる毎日を過ごしてますか?
 さあここで問題。『昭和』って何回出てきたでしょ〜。

2003年8月28日

 もう夏が来るちゅ〜のに、しばらく”野村のたわごと”さぼってましたぁ〜。すみまん。
 ここ最近の僕の行動と言えば、ツアーに行ってた以外は「インターなっとう野郎」になってましたです。
 友達にメールしたり、海外にだって簡単に送れるしね、あとはオークションでことごとく破れたり、ギターの調べたい事を検索してたり、毎晩の様に世界中の楽器屋さんのHPに入って行ったりしてますです。
 でね、試しに外国のYahooとかに行って(野村義男/Yoshio Nomura)って検索してみたら思いのほか出てきたりして、自分を楽しんだりしてますよ〜。
 時間があったら、やってみてみて。笑えるのもいくつかあったし。
 香港とかさドイツとかインドとかなんかね、言葉が判らないところも中々どうして、楽しかったりするぞぉ〜。
 あっ、別に僕の名前じゃなくても、自分の名前を入れて検索してごらん。思わぬところで登場したりするかもよ〜。
 それでさ、日本で(野村義男)を検索するとあまりにも、あっちこっち行っちゃ うから次に(野村義男 ギター)で検索してみたらね、ギター的に僕の事を気にしてくれてる人がたくさん居て、なんだか読んでるのが楽しくなってきちゃったんだよね 〜。
 中には僕の持ってるギターの話だったり、ライブに来てくれた人の感想だったり、なんだか知らないけど僕より野村義男に詳しい人、ギャグのネタに使う人、僕を分析 してる人、とにかくたくさんの自分に会えました。
 中でも「1番嫌いなギタリストは野村義男」とか書いてる人にかぎって、元たのきんだぜ〜とかグッバイのさ・・・・ とか、説明文が長かったりするんだよね〜。
 もぉ〜そんなに気にしてくれてるのか〜、とか、なんだかんだ言ってもギタリスト認識して見ててくれてるじゃん、チェックしちゃっててかわいいなぁ〜もう。って感じ(笑)。
 とか言ってる僕もですね嫌いな人がいて、その人も音楽やってる人なのですが、間違っても名前を口に出したり、文章でどうのこうのしません。
 だって本当に嫌いなんだも〜ん。書く事によって話題提供したくないじゃん。
 おっと、なんだか今回はいつもの”よちを”ではなく、悪の魂が宿る”よぢを”のほうが出てきちまってるぜぃ。このまま行くと”野村のたわごと”が果てしなく悪に染まりそうなので、今日のところはこの辺で、ドロンさせていただくことにしませう。
 なにはともあれ、僕のことを少しでも気にかけててくれてる人に” ありがとう”です。
 ではまたねバイバイ。

2003年6月7日

 新年明けましておめでとうございます!今年も相変わらずの男ですが、どうぞ、かわいがってやって下さい。
 なぜか1月1日を迎えると、「よーし!今年は!」とか「今年こそは!」って思うのに気が付くとほとんどのことを達成する前に夏になり…冬になり…そしてまた、「よし!今年こそ!」のくり返しになることが多いと思いましぇん?
 僕は結構そうだったから、もうね、"出来ない目標は立てない"って思うことに決めて、早、数年…。
 でもそればかりだと、あまりにもかっちょ悪いから、毎年の目標は"今年もマイペースで楽しく過ごそう!"に なってるかなぁ〜(笑)。
 今、これを読んでる人の中で、何年も野村義男を見てる人は、何だかんだ言っても十数年前からスタンスはまったく変わってない僕を楽しんでもらえてたら、嬉しいです。
 昨年7ヶ月間も禁煙出来たのも、どちらかといえば、1月1日に向かって始めたから、出来た様な気もするのね。
 だからみんなも、1月1日から何かを始めるんじゃなくて、1月1日に向かって、始めたいときに自分のペースで始めると、意外に気が付いたら、目標を達成できちゃうかもよん。好きな時に始めてみたらぁ?
 って言ってる僕はデスね、2004年の1月1日に向かって…………え……って……そうだなぁ…… ダイエット……ん……。きっと2004年に向かって、自分の為に、家族の為に、聞いてくれるすべての人の為に、慌てず、欲張らず、多少の脱線はあるにせよ、マイペースで、ダイエッ……ん?違った。マイペースでギターを弾いて行きたいと思いますんで、今年もどうぞやらしく……ん?違った。
 どうぞよろしくお願いしま〜す!

2003年1月1日


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